大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所尼崎支部 平成8年(ワ)458号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成八年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (本件賃貸借契約)

原告と被告は、昭和五一年八月三一日、西宮市甲子園浜田町一二番二所在の建物(以下「本件建物」という。)を次のとおりの約定で賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を結んだ。

(一) 賃料 月額金五万五〇〇〇円

(二) 保証金(敷金) 金一〇〇万円

(三) 期間 昭和五一年八月三一日から二年間(ただし、期間満了の際、これを更新する。)

(四) 特約条項 天災地変、水火災等によって、家屋が損壊した場合は、賃貸人の危険負担とし、賃借人の帰責事由による火災焼失等については、敷金は返還しない。

2  原告は被告に対し、右保証金を本件建物の引渡を受けるまでに支払い、昭和五一年八月三一日、原告は被告から本件建物の引渡を受けた。

3  本件建物は平成七年一月一七日に発生した阪神・淡路大震災によって、倒壊する被害を受けて滅失したから、特約条項(前段)の適用がある。

4  右の状況から、原告は本件建物からの退去を余儀なくされ、本件建物を原告に明け渡した。

5  よって、原告は被告に対し、本件賃貸借契約の終了に伴う保証金返還請求として、金一〇〇万円及びこれに対する本件建物明渡の後で、かつ、訴状送達の日の翌日である平成八年五月二六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因はすべて認める。

三  抗弁

(敷引条項)

本件賃貸借に際しては、敷金のうち、その二割を差し引いて返還する旨の約定(以下「敷引条項」という。)がなされていた。

敷引条項は、原告が主張する特約条項(前段)が適用される場合にも適用されると解すべきである。

したがって、本件賃貸借契約の終了により敷金返還を要するとしても、その二割である金二〇万円については返還すべき義務はない。

四  抗弁に対する認否

本件賃貸借契約において敷引条項があることは認めるが、これが賃貸借の目的物が消滅した本件において適用があるとの主張は争う。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因については当事者間に争いがない。

二  本件で原告がその返還を請求している保証金(敷金)は、一般には、賃貸借契約と同時に返還合意の下に賃借人から賃貸人に交付されるものであるが、これは、もっぱら、賃借人の滞納する賃料や賃貸借契約終了後明渡しまでの賃料相当損害金をてん補する目的をもってなされるものと解されるところ、本件においても返還合意の下にかかる目的で授受したものと考えられる。

本件賃貸借契約においては、保証金(敷金)の返還に関して、原告が主張する危険負担に関する合意と特約事項としての敷引条項がなされていることについては当事者間に争いはない。

そこで、右各合意の解釈が問題となる。

まず、危険負担に関する合意は、保証金(敷金)及び既払の賃料(本件賃貸借契約においては、賃料は当月分を前月末日までに支払うこととされている。)の返還に関して、「天災地変」により、賃貸借の目的を達することができない場合には、右危険を賃貸人が負担して、これらを賃借人に返還する旨定めたものであると解される。そして、この条項は、本件賃貸借契約書において不動文字で記載されている(乙第一号証)。

阪神・淡路大震災により賃貸借の目的たる建物が倒壊した本件において右条項が適用され、賃貸人たる被告が保証金(敷金)の返還義務を負うことは明らかである。

これに対して、敷引条項は、「特約条項」の表題の下に、「敷金の返済法」と題して、家屋明渡しに際しては保証金(敷金)の二割引きした金額を返済する旨手書きで、契約書の末尾に記載されている(乙第一号証)。

このような記載の態様からすると、被告が主張するように危険負担に関する約定が適用される場合でも敷引条項が適用される関係にあると解するのが相当である。

そこで、いわゆる敷引条項について検討するに、敷引条項を定める趣旨については、様々な場合が考えられ、関西地方では礼金を定める場合は一般的ではないが、敷引条項がいわゆる礼金として定められることもあり得るところ、弁論の全趣旨によれば、被告は本件建物に隣接した物件等も訴外の第三者に賃貸していたが、本件震災に伴う保証金(敷金)の返還については、全額返還していることが認められることからすると、礼金の趣旨で定めたものと解するのは相当ではない。

右の被告の保証金(敷金)返還の状況に加えて、本件の敷引条項は保証金(敷金)の二割を返還しないとするもので、賃料月額五万五〇〇〇円であるのに対して敷引の額が金二〇万円で賃料約四か月分程であること、敷引条項には原告が主張するように「明渡しに際して」と記載されており、通常の賃借物件を明け渡して、次の賃借人に賃貸する場合を想定しているともみられることなどからすれば、新たな賃借人が入居するまでの賃料の補償や新たな賃借人のために必要となる賃貸物件の内装等の補修費用の負担等賃借人の交代に伴う利害の調整のために定められたものと解するのが相当であり、一般的にはその効力を認めるのが相当である。

そうすると、本件においては、もはや本件建物は滅失しているから賃貸借を継続する場合を前提とした敷引条項を適用して、被告が返還すべき保証金(敷金)を減額することはできないというべきである。また、本件においては、保証金から精算されるべき未払賃料等が存することの主張立証もないから、原告の被告に対する保証金(敷金)一〇〇万円の返還及び本件建物明渡の後で、かつ、訴状送達の日の翌日である平成八年五月二六日から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本件請求は理由がある。

三  結語

以上によれば、原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例